僕はいま54歳なんですけれど、だいたいデフォルトで自分が17歳くらいに思っちゃってる。うっかりすると「大人になったらなにをしようかな」なんてぼんやり考えてる。困ったものです。まあそれはいいとして。よく「私はどんな職業に向いているかな?」と考えることがあるでしょう。でもその自問は抽象的すぎると僕は思う。「考える」というのは、いつだって、「現実的に考える」ということです。ここで「現実的」というのは「自分という個性に即している」という意味です。つまりこういうことです。「自分はどんな仕事に向いているか?」というよりも、「どんな『やり方』が自分に向いているか?」と考えるほうがいい。なぜなら、自分の思いどおりの職業に就けるとは限らないからです。運命とかなんとかをもちだすまでもなく、いろんな要素がからまってきて自由にならないことがままあるものでしょう。でも、「やり方」なら自分の自由になる。ここでも、「自由」というのは「自分という個性に即している」という意味です。たとえば「営業」といったって、いろんなスタイルの営業がありうる。そのスタイルが「自分という個性に即している」限りにおいて、どんなスタイルであろうが自分なりの成功をカタチにすることができるはずです。極端にいえば、「プロのミュージシャンになりたい」という夢がどうしても叶わなくたって、「まるで音楽のような」営業をすることはできる。「あの人のセールストークは、聞いているだけで気分がよくなるな。なんかジャズを聞いているようだ。あいつはアーティスト気質だな」とか思われたら、かなり快感でしょう。自分には営業なんか合っていないと思いながら無愛想に働くよりも。その「やり方」は人が教えてくれない。自分のやり方なんだから、自分でつかまなくちゃいけない。だんだん年をとって、気づけば54歳の僕ですが、年月を経て得たメリットのひとつは、「自分のやり方がわかってきた」ということです。どこにいて、どんなことをするにせよ、僕は僕のスタイルでやればいい。それが、唯一の成功法則だと僕は考えています。だからきみは人と同じようにうまくいかないからって自分を見限ってはダメだよ。教わったようにやって結果が出せないからといって諦めてはいけないよ。「自分のやり方」をつかむんだ。来年一月からスタートする沢雉会2018勉強会の「会員限定ブログ」をはじめます。勉強会のまとめや、
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